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東京高等裁判所 昭和62年(行コ)110号 判決 1989年9月19日

東京都杉並区成田西三丁目七番九号

控訴人

森友義

右訴訟代理人弁護士

福島瑞穂

林浩二

東京都杉並区成田東四丁目一五番八号

被控訴人

杉並税務署長

市川誠

右指定代理人

斎藤隆

赤穂雅之

山口實

中村勝樹

小島正志

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人のした次の各処分を取り消す。

(一) 被控訴人の昭和五七年分の所得税についての昭和六〇年一〇月三一日付けの更正

(二) 被控訴人の昭和五八年分の所得税についての昭和六〇年一〇月三一日付けの更正

(三) 被控訴人の昭和五九年分の所得税についての昭和六〇年七月三一日付けの更正及び同年一〇月三一日付けの過少申告加算税賦課決定

3  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり付加するほかは、原判決の事実摘示中「第二 当事者の主張」欄に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  控訴人

1  親族の概念

親族の概念は形式的に民法上のそれによるべきではない。各法律は個別に、立法趣旨、法律全体の内容と位置付けからする解釈がある。租税法においては、税法理論上の実質的概念をとおしてなされるべきである(実質課税の原則)。また、法律の言葉の定義付けも変遷する。特にそれが人権にかかわるような場合には、憲法の趣旨を重視し、社会状況の変化を踏まえて考えるべきである。また私法上のそれに則して解釈するとしても、近時の私法の領域での親族概念における事実、実質の重視という趨勢を考えれば、これを同様に実質に則して解釈すべきである。

2  扶養控除の意味

(一) 扶養控除は、まずその生計の実体に則して、控除すべき生計の状態にあるかが考慮されるべきであり、形式的に親族であることが判断対象とされるものではない。所得税法二条一項三四号も「生計を一にするもの」と規定しているところ、右に該当するかどうかは、まさしく実質判断を要することなのである。

生存権保障の観点からすると、所得税法八四条、二条一項三四号所定の「親族」には事実上の子も含まれると解すべきである。これを、本件についてみると、三人の子は控訴人の事実上の子であり、控訴人と生計を一にし、控訴人が扶養していることが明らかである。

(二) 母一人で五人の子を扶養している場合の昭和六三年度の生活保護費は月額二六万円である。これに対して、四人の子と生活を共にする控訴人らの収入は、早苗が手取り月額約一五万円、控訴人のそれは月額約三三万円である。してみると、四人の子の養育費に占める控訴人の収入の割合の大きいことは明らかである。このような状況のなかで扶養控除が受けられないことは、憲法二五条が定めた生存権の保障を侵害されていることになる。

3  子どもの権利との関係

児童福祉法三条は、同法一、二条の原理は、「すべて児童に関する法令の施行にあたって、常に尊重されなければならない。」と規定する。いうまでもなくこれらは、憲法一三条、二五条の各規定を具体化したものである。

事実上生計を一にし、実際に扶養されている子どもの立場から見ると、扶養控除が認められず、生計費が減ずることになると、生活、教育等あらゆる場面の権利がおびやかされることになりかねない。したがってこの観点からみても、親族には事実上の子も含まれると解すべきである。

諸外国においても、子どもがどのような立場にいようと、即ち事実上の子であるからといって、そうした点に差別を設けていない。子どもの権利の実質的保障という点で、諸外国の状況も一致しているのである。

4  憲法一三条との関連

租税制度と関係して、幸福追求の権利は、納税義務者(扶養義務者)と被扶養者の双方について考えなければならない。子の扶養義務者は、扶養に必要な範囲の所得について課税されない権利を持つというべきであり、それが扶養控除制度として具体化されているといえる。

控訴人は現実に少なくとも三人の子を扶養している。控訴人の所得のうち子らの扶養のために必要な範囲についても、なお課税対象とするのであれば、幸福追求の権利が侵害されていると解すべきである。所得税法も親族の概念として、事実上の親子関係を排除しているものではない。

扶養控除は、現実に扶養しているか、生計を一にしているかの点で、実質的な判断を伴うものであり、形式的、一律になされるものではない。扶養の概念そのものが、現実的、事実的なものであり、扶養義務は、日々の生活のなかの実質と事実とに着目して認められるものである。親族の概念についても実質的に考慮されるべきは当然である。

5  憲法一四条、女子差別撤廃条約一六条1(d)違反

(一) 憲法一四条違反

もし親族の概念が、民法上のそれに限定され、事実上の親子については、扶養の実体があるにもかかわらず、扶養控除の制度が適用されないとすると、扶養者、被扶養者とも「社会的身分」により差別されていることになる。このことは、憲法一四条が禁止する不合理な差別というべきであり、所得税法八四条は違憲の規定である。

前記のとおり、扶養控除はその生計の実体に則して認められるべきであるところ、これを親族であるかどうかにより差別することは、不合理な差別を規定していることになる。

また、子としてみれば、事実上の子であるか、法律上の子であるかにより、扶養控除の有無が決められるとすると、前者はそれだけ経済的な利益を受けられず、養育環境に差ができることになる。扶養控除の対象となるか否かについて、子は平等に扱われなければならない。

次に、他の社会保障制度、特に児童扶養手当との関係でこれをみてみると、まず、児童扶養手当法においては、事実婚の場合も法律婚と全く同一に扱われている。本件においても、早苗は、東京都知事により、離婚後支給されていた児童扶養手当を、控訴人との事実婚を理由に打ち切られた。その理由は、事実上の配偶者に養育されるようになったためというのである。このように、控訴人らは、一方では、事実婚を理由として、児童手当を打ち切られ、他方では、法律婚でないとして、扶養控除を認められないのである。このことは、控訴人らにとって、経済的に不利益な結果を招来しており、不均衡というべきであって、全く合理性がない。

(二) 女子差別撤廃条約一六条1(d)違反

扶養控除の制度が、事実上の親子関係に適用されないとすると、結婚をしていない女性は、経済的な面で困窮することになりかねない。女子差別撤廃条約は、むしろ婚姻をしていない男女間においてこそ男性が女性と対等に扶養義務等を負うことを定める必要があり、そのために一六条1(d)が規定されたと解される。所得税法が事実上の父に扶養義務を認めないものだとすると、明らかに右条約一六条1(d)に違反する。

6  国際人権規約A規約一〇条1、同B規約二三条1違反

(一) 国際人権規約A規約一〇条1違反

「家族の形成」及び「扶養児童の養育及び教育」を重視するのであれば、児童にとっての親が、法律上のものか、事実上のものであるかによって、全く差がないはずである。扶養控除制度の規定が、事実上の親子関係に適用されないと解することは、「できる限り広範な保護及び援助が」、「家族に対し、特に家族の形成のために並びに扶養児童の養育及び教育について責任を有する間に与えられるべきである。」とする国際人権規約A規約一〇条1に違反する。

(二) 国際人権規約B規約二三条1違反

親が子を養育し、育てることは、届出の有無にかかわりなく、同一である。これを特に家族という観点からみると、「家族」を法律婚のある場合に限定する合理性は全く存しない。したがって、所得税法八四条は、国際人権規約B規約二三条1に違反する。

7  控訴人の生き方の選択権

(一) 控訴人の生き方に対する国家の介入と侵害

控訴人は、本件各処分により、経済的、精神的に過大な負担を負わされ、自由を奪われたとの圧迫を実感している。実際に控訴人は、本件各処分により経済的危機に陥っているのであって、これは控訴人の生き方に対する制裁的処罰とも受け止められるところがあり、控訴人等の生存権、その基本的人権に対する重大な侵害を伴う。

(二) 扶養関係

扶養関係は、生計費用という具体的経済力の裏付けがなくては成り立たない。その意味では理念的、道義的次元に止まらない、事実関係に基づくものである。

そして、その扶養事実を実質上形成する家族形態は、婚姻並びに親子関係等の届出の有無によって、必ずしも実体的に左右されるものではない。それは、共同生活をしていこうとする当事者たちの意思と選択、愛情、信頼感等によって支えられている。

扶養や家族関係について、婚姻、親子関係の届出をしたもののみに限定して、国家が権利を保障し、義務を課するということになると、個人の意思によって選択されるべき共同生活・家族、事実上の婚姻関係、事実上の親子関係は、ことごとく国家の権力によって解体されるものになる。この点で、所得税法八四条の「親族」を、民法上のそれに限定することは、個人の自由な意思で作られている家族形態を否定し、自助努力によって実質上まかなわれている私的扶養の社会的効果を破壊していくものと指摘することができる。

(三) 親子関係の届出による差別について

控訴人が、親子関係について届出をしないのは、現在共同生活をしている早苗や子どもたちとの関係の在り方、生活の仕方について、深く考慮した結果である。すなわち、それらは極めてデリケートな感情的事柄、あるいは女性差別、父権主義への反発、血縁主義に対する疑問、家制度的傾向の克服と個人の尊厳の問題などの事柄と密接にからみあって、控訴人の生き方、親子関係の届出の有無の選択を決定しているということである。控訴人は、男女の関係、親子の関係について、相互の関係の自由と平等を基礎として維持できるものと確信している。すなわち、これらのことが満足できてこそ、個としての幸福が追求できるものと確信しているのである。

親子関係の届出は、親子関係の在り方という事実のまえには、単なる簡単な手続とはいえない。

(四) 親の生き方と子の権利

親子関係の届出の有無は、控訴人及び早苗の意思に基づくものであり、子どもに責任を負わせることはできない。身分法上の分野では、形式的な届出の有無ということだけで、当事者間の法的権利、義務の発生を決定するには、人権保障上無理があるのは明らかである。

例えば、婚姻障害等が存する条件のもとに出生した子について、婚姻の届出ができないからといって、親子の権利、義務を区別することができないのは明らかである。親子の権利義務の関係は、法律上の届出があるかどうかで決まるものではないのである。所得税法上の親族の概念を、法律上のそれに限定することは、親から扶養される権利を国家が奪うことに等しい。

8  事実上の婚姻、事実上の親子に対する権利義務関係の拡大

(一) 身分法の分野

(1) 子について認知をしていなくとも、扶養義務を認めた家庭裁判所の審判例がいくつもある。事実上の父であっても、扶養義務を認めているのは、そうしないと子の生存、養育に障害が生ずるからである。現在の社会において、子又は子の母親である女性にとって、ほとんどの場合、父の扶養は必要不可欠である。ところで、家庭裁判所の扱いからすると、控訴人が心との親子関係を認めている本件においては、控訴人に対し、子に対する扶養義務が当然に認められる事案である。ただ、控訴人は、審判で扶養義務が問題とされる前に任意にその義務を履行しているにすぎない。一方で扶養義務を課しながら、他方で扶養控除をしないのは矛盾も甚だしく、正義に反し公平に合致しないというべきである。

(2) 事実上の親に対する子の扶養義務

福岡高等裁判所は、昭和六一年四月一三日の判決において「内縁の養親は、格別の事情のない限り法律上の養親と等しく未成年者たる内縁の養子を扶養する義務を負担するのであるが、内縁の養子においても、右の養親を扶養する義務がある。」との趣旨の判示をした。

身分法の分野一般について事実上の関係を無視して、議論は成り立たないが、とりわけ扶養関係、だれに具体的に扶養義務を負担させるかについては、事実に則して判断しない限り、その実効がなく、全く無意味となるおそれがあるからである。

(3) 内縁の養子縁組と家庭裁判所の許可

また前記判決は、扶養義務を事実上の養子に課した理由として、次の趣旨を判示している。

すなわち、事実上の内縁の養親と内縁の養親子関係を創設するには、必ずしも家庭裁判所の許可を必要としない。右許可の有無にかかわりなく、他に縁組を無効とする実体的要件を欠如しない限り、いわゆる内縁の養親子関係を創設することができるものである。そこには縁組の届出をしなくとも事実上養子縁組と同様の事情にある養親子関係があるといってもなんら差し支えはない。このような内縁の養親子は民法八七七条一項の規定に準じて相互に扶養義務を負う。内縁養親子の当事者は、縁組の届出を強制できず、また、いつでもこれを解消することができるから、右のように解したとしても、養子縁組についての民法七九八条の規定に抵触しない。

(4) 事実上の婚姻

身分法の分野においては、法律婚と事実婚とはほぼ同様の扱いを受けている。特に扶養や扶助については、法律婚と全く同一である。財産分与等についても同様に解されている。

(5) 生命侵害と損害賠償

第三者に対する損害賠償において、事実上の親子等について、民法七一一条の規定が類推適用されている。

(6) 居住の確保、財産の分与等

居住建物の賃借権の承継(事実上の養親子のなかには、未認知の非嫡出子も含まれる。)及び特別縁故者としての財産分与の制度によって、居住の確保、遺産の分与について配慮されている。

(二) 社会保障、社会保険等の分野での事実上の身分関係についての権利義務関係の拡大

(1) 健康保険法、厚生年金法、児童福祉手当法、また母子及び寡婦福祉法、労働者災害補償保険法、国税徴収法(七五条一項一号)等は、事実上の妻又は子を法律上のそれと同様に扱う旨明文で規定している。社会保障、社会保険等の分野では、現実の生活の福祉の充実がまずその目的とされるから、これらの権利義務関係を次第に拡大してきたのである。

(2) 判例(東京地方裁判所昭和六三年三月二八日)もこれを受けて、二〇年間重婚的内縁関係にあった者ついて、遺族年金の受給において、法律上の妻に優先して受給資格があるとしている。実態を直視した判決というべきである。

(三) 所得税法における事実上の人間関係に対する権利義務関係の拡大

所得税法二条一項三四号は、里親及び委託老人も扶養親族と定めている。このことは、法律上の関係がなくとも、里子、委託老人を事実上扶養している限り、その事実上の人間関係に則り、所得税法上の効果を認め、税法上の扶養控除の対象としたものであって、所得税法においても事実上の人間関係に対する権利義務を拡大してきたことを、端的に示すものである。

9  他の社会保障制度との関係

(一) 事実上の婚姻関係がある場合について、児童扶養手当は支給されない。法律婚と事実婚は全く同様に扱われている。

そして、そのことは実際の運用においても、極めて重視されているのである。

すなわち、不認知児童であっても、父と推定できる者が同居している場合には、同人に他に妻子があっても、客観的事実関係からみて生計を同一にしていれば事実婚の存在が認められるから、児童扶養手当法四条二項第七号により、手当は支給されないとして扱われているのである。

早苗についても、控訴人との事実婚を理由として、すなわち事実上の配偶者である控訴人が養育費を負担するようになったため、右手当の支給を打ち切られた。所得税法の関係と児童手当の関係とでは、全く別に扱われ、しかもいずれも経済的に不利益に扱われているのであって、奇異な結果と評するしかない。

(二) 保育所の保育料額の決定も同様である。杉並区長は、保育園に通園している心の保育料について、控訴人の所得税額を合算して決定している。事実上の父も、扶養義務を課せられ、保育料の負担を強いられているのである。なお、右算定は、早苗の費用負担能力の判定に基づいたものではなく、生計を一にする世帯単位で行われたものである。

(三) 生活保護法

生活保護法も同様であって、事実上の親族関係にある者が、生活に困窮する者を、扶養する義務があるとして取り扱っているのである。そのうえで、要保護者が実際保護費の支給をうける必要があるかどうかを決定しているのである。

本件においても、早苗だけの収入であれば、生活保護の受給資格があると思われるが、控訴人との事実上の婚姻を理由として拒否されるであろうから、その申請もしていない。

10  以上のとおり、所得税法八四条所定の「扶養親族」には、事実上の子も含まれると解釈すべきである。

仮に以上のような解釈が成り立たないとすれば、その限りで所得税法八四条の規定は、憲法一三条、一四条、二五条の各規定に違反し、かつ、女子差別撤廃条約一六条1(d)、国際人権規約A規約一〇条1、同B規約二三条1に違反するものとして無効である。

11  仮に、本件扶養控除が法解釈上認められず、また所得税法八四条の規定が憲法に違反しないとしても、本件決定は違法であり、やはり取り消されるべきである。

(一) そもそも国税通則法六五条所定の過少申告加算税は、確定申告の内容に誤りがある場合、それに制裁を課して、確定申告の誤りを防止しようとする制度である。したがって過少申告加算税を課すことができるのは、確定申告書の記載に故意又は過失があった場合に限られることになる。故意のうちに特に重大な「事実の隠蔽、仮装」が認定される場合には、重加算税が課せられることからも明らかである。

したがって、極めて軽微な誤り、申告書をみれば直ちに訂正できるような誤りについてまで、過少申告加算税を課すことは許されない。申告書提出時に補正できる程度の軽微な記載の誤りについて、申告書受理時に受理にあたった職員がこれを看過ごしたような場合にまで、右加算税が課せられるという不当な結果を招きかねないからである。

(二) 同様に、控訴人のように、所得税法の解釈や憲法適合性を争うものが、自らの解釈にしたがって、行政解釈いかんによっては認められる内容(本件では扶養控除)の控除を差し引くなどの申告をすることは、解釈を争うという市民の権利行使として認められるべきものであり、その申告が行政府や司法府の解釈と異なったとしても、国税通則法六五条の規定が予定する故意、過失は存在しない。むしろ、このような権利行使として解釈を争うものに制裁として加算税を課すことになると、申告時において解釈上疑義あるものについての対応を困難とし、その結果市民の権利保護に重大な脅威を与えることになる。

(三) 本件控訴人の申告は、まさしく右権利行使として一定の解釈に基づいてなされたものであって、しかも昭和五七年申告、昭和五八年申告については、控訴人は、税務署の係官に相談のうえ、還付請求申告書を提出し、現実に扶養控除に該当するとしていったん還付請求が認められているのである。控訴人の行為に同法六五条の規定が予定する故意、過失はない。してみると、本件各更正が正しいとしても、同法六五条の規定による過少申告加算税の対象とはならず、本件決定は違法というべきである。

(四) 仮に控訴人の行為に同法六五条の規定が予定する過失があったとしても、控訴人には前項記載のように扶養控除が認められると考えるについてやむを得ない事情が明らかに存し、また前述のように所得税法の扶養控除の規定の解釈について控訴人がそのような解釈をとったことは妥当なものであり、さらに前項記載のような税務署の担当官の対応がその一因となっていることも考慮すると、控訴人が過少申告をしたことには同法六五条所定の「正当な理由」があるものというべきであるから、本件決定は違法である。

二  被控訴人

1  控訴人の主張1は争う。本件訴訟の争点は、所得税法八四条、二条一項三四号所定の「親族」に事実上の子が含まれるか否かにあるところ、身分法における基本法ともいうべき民法はその七二五条で「親族」の範囲を規定しているのであるが、所得税法には親族の定義規定がない反面、社会保障等関係する他の行政法の分野では、事実上の子や事実上の婚姻を、法律上の婚姻又は法律上の子と同様に取り扱うべきものと考えた場合には、立法者はその旨の明文を置いているのである。してみると、立法者の意図が、所得税法の「親族」をもって、民法上の「親族」を指す趣旨であったことは明らかである。

2  同2は争う。なお、扶養控除を含む人的控除は生存権的保障の趣旨を含む制度であるとしても、総税額を算定する過程に過ぎない扶養控除を認めないことが、事実上の子を有する納税者について、その生存権保障の趣旨に反するとはいえない。税額算定の過程において、このような人的控除の制度を設けるかどうか、どの範囲でこれを認めるかは、立法府の合理的な裁量に委ねられた事項というべきである。控訴人の主張は立法論を解釈論に持ち込むものである。

3  同3は争う。

4  同4も争う。3、4ともに立法論を解釈論に持ち込むものである。

5(一)  同5(一)について、控訴人は、事実上の子は扶養親族に含まれないとする解釈をもって憲法一四条に違反すると主張するが、所得控除の要件をどのように定めるかは、立法府の裁量的判断に委ねられており、法律上の親子と事実上のそれとで、所得税法が扶養控除につき取扱を異にしているとしても、そのことに十分の合理性があるのであって、およそ右の解釈、立法が憲法に違反するということはない。

すなわち、扶養控除の対象となる親族に事実上の親族も含まれるとした場合には、その認定に非常な困難を伴い、大量かつ回帰的に行われる租税の徴収に支障をきたすので、これを戸籍の記載等の明確な徴憑を有する法律上の親族に限定して、確実かつ的確な租税の徴収を図ることにしたものである。このような違いは、法律上の親族と事実上の親族との社会生活における安定性の相違及び各種法的規制における取扱の差異に鑑み、十分合理性を有するものである。

(二)  同(二)も争う。女子差別撤廃条約一六条1(d)の規定そのものからしても、右規定と扶養控除との間には特段の関係はない。

6  同6も争う。前5(二)と同様に、税額算定の一つの過程にすぎない扶養控除との間には、格別の関係はない。

7  同7の控訴人の生き方の問題は、いずれも解釈論としては根拠のない主張である。

8(一)  同8(一)において、控訴人は、事実上の婚姻、親子の関係について、身分法上の権利義務関係の拡大を論ずるが、身分法上の権利義務関係が、扶養控除の適用の有無に直結するものではない。もとより、立法府は、そのような身分関係についての法律関係の状況を考慮して、事実上の親子関係を控除の対象者の範囲から除外したものである。

(二)  同(二)において、控訴人は、社会保障等の分野における事実上の婚姻関係、親子関係の権利義務拡大について述べるが、このように事実上の身分関係を法律上のそれと同様に扱おうという場合、控訴人も主張するとおり、法は明文でその旨規定しているのである。

(三)  同(三)も(二)と同様である。

9  同9も争う。それぞれの社会保障の分野において、その保護規定の対象を事実上の子まで拡張するかどうかは、立法者がその制度の趣旨に鑑み、個々的に決しているのであって、社会保障の分野での取扱が、所得税法の解釈に直ちに及ぶわけではない。

10  同10の主張は争う。

11  同11の主張の趣旨は争う。

(一) 国税通則法六五条が、過少申告加算税の課税除外要件として規定しているのは「正当な理由」のみであり、過少申告することにつき無過失であれば、「正当な理由」を肯定される可能性が高いということができても、申告者に故意、過失のないことそれ自体が課税除外要件であると解することはできない。

そして右の「正当な理由」とは、そもそも加算税制度が申告納税制度のもとにおいて誠実に納税義務を履行した者とそうでない者との負担の公平を図るとともに、後者には制裁を課すことにより申告を適正に行うように心理的強制を加えるために設けられたものであることを考慮すると、申告者が過少な申告をするに至った諸般の事情に鑑み、右のような制裁を課すことが不当あるいは申告者にとって酷であると考えられるような場合を指すものと解すべきである。

(二) ところで本件において過少申告加算税が課されたのは、昭和五九年申告に関してだけであるが、控訴人は、右申告に先立ち、被控訴人の税務署管内の税理士による無料税務相談、国税庁の税務相談、被控訴人の所轄係官に対する電話相談を受けたが、そのいずれにおいても、事実上の子では扶養控除を受けられないとの説明を受け、それに納得ができないとしてさらに被控訴人税務署を訪れ、係官に説明を求めたところ、同様の説明を受けたというのである。してみると、遅くとも昭和五九年申告の際には、控訴人は、事実上の子については扶養控除を受けられないことを知悉していたというべきである。それにもかかわらず、控訴人は、前記の解釈には承服しがたいとして、同年分の還付請求をしたというのである。

このように現在の実務において採用されている見解によれば受け入れられないことを知りながら、敢えて過少申告した場合についてまで、前記「正当な理由」があるといえないことは明らかである。そうでなければ、各申告者がそれぞれ独自の見解に基づいて、勝手な申告をすることも全く防止する手段がないことになるからである。

第三証拠関係

原審及び当審訴訟記録中の書証目録に各記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  当裁判所も、当審における審理の結果を勘案しても、控訴人の請求は理由がなく、これを棄却すべきものと判断する。その理由は、次のとおり付加、訂正、削除するほかは、原判決の理由説示のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決一四枚目裏一〇行目末尾に続けて、「そして、右所得税八四条の規定は、納税義務者である居住者に扶養の事実があることを前提としたうえで、扶養を受ける者のうち扶養控除の対象となる者の範囲を『扶養親族』に限定する趣旨を含むものであると解される。」を加える。

2  同一五枚目裏三行目「ない限り、」の次に「身分法の基本法であり、親族について基本概念としての明確な定義規定を置いている」を加える。

3  同一六枚目裏二行目「解される。」の次に「そして、現実の生活に直接かかわりをもつ扶養関係については、特にその傾向は強いといえよう。ちなみに、扶養関係において、認知前であっても、生理的父子関係が推認されるような場合には、扶養義務を課した審判例等もみられるところであり、この考えによると、控訴人も少なくとも、実親子関係のあることを争っていない心については、家庭裁判所において、扶養義務を負担させられる可能性のあることは否定することはできない。」を、同七行目「相続権はない。」の次に「なお、事実上の妻子について居住用建物の賃借権の相続同様の承継を認めた借家法七条の二、民法九五八条の三の相続財産付与の規定も、いずれも他に相続人のいないことが前提とされているうえ、明文の規定により設けられたものである。」をそれぞれ加える。

4  同一七枚目表二行目の次に改行して、次のとおり加える。

「さらに、事実上の親族関係について各種の権利保障がすすみ、民法上の親族概念そのものが問題とされ、また、所得税法上の『親族』の定義規定が制定されてから、かなりの年月を経過し、前記あるいは後記のように事実上の関係についての各法律上(あるいは法解釈上)の保護も次第に拡大され、特に諸外国においては、婚姻関係、親子関係の変化が著しく、事実上の子の数が増大しているとして、様々な手当が立法されているとしても、そのことから直ちに、現段階において、所得税法上の親族に事実上の子が含まれると解釈することも相当でない。」

5  同一九枚目裏二行目の次に改行して、次のとおり加える。

「また、控訴人は、東京都知事が控訴人との事実上の婚姻関係を理由として早苗に対する児童手当の支給を止めたのは、控訴人と早苗との事実上の婚姻関係を法律上の婚姻関係と同視するものであるから、扶養控除の対象となる『親族』には事実上の子も含まれるとも主張し、原本の存在及び成立に争いのない甲第二号証によると、東京都知事は、早苗に対し、事実上の父親(控訴人のこと)が存在し、その扶養を受けることができるからとの理由で、昭和五五年一〇月一八日(控訴人と早苗とが同居を開始した日)以降の三人の子(績、要、匠)に対する児童扶養手当の受給資格の喪失の通知をしたことが認められる。しかしながら、右取扱は、事実上の婚姻及び事実上の配偶者を法律上の婚姻及び法律上の配偶者と同一に扱うことを明文をもって規定した児童扶養手当法に基づくものであるから、これをもって、所得税法上、事実上の子を扶養控除の対象となる者に当たるとする根拠とすることはできない。」

6  同一九枚目表七行目「ないし、」を「なく、」に改め、その次に「租税上の扶養控除と右各条約に規定する『保護』又は『援助』等とはかかわりがないし、控訴人に三人の子に対する扶養控除を認めないことが、早苗に対する『親としての権利』の確保を妨げているとも認められず、」を、同九行目末尾「解されない。」の次に「また、所得税法の扶養控除の規定が、事実上の父及び事実上の夫に、事実上の妻子に対する扶養義務を認めない趣旨で立法されたものでないことも明らかである。」をそれぞれ加える。

7  同一九枚目表一〇行目「そして、」の次に「その他、控訴人が所得税法八四条所定の『親族』には事実上の子も含まれるとしてるる主張するところは、ひっきょう、立法論かあるいは各法律についての立法府の裁量に属する事項を批判するに帰するものであって採用することができず、その他」を加える。

8  同一九枚目裏五行目「憲法一四条」を「憲法一三条、一四条及び二五条(そられの具体化としての児童福祉法三条、女子差別撤廃条約一六条1(d)、国際人権規約A規約一〇条1、同B規約二三条1の各規定、)」に改め、同二〇枚目表四行目末尾「3参照」の次に「。なるほど法律上の子となるか事実上の子となるかは、親の意思に基づくもので、子の意思とは全くかかわりのない場合が多いのであり、弁論の全趣旨によると本件についてもそうであろうと推認されるが、扶養控除(直接的には親に対するものであるが)の点も含め、両者に対する取扱の差異が生ずるのは親の責めに帰するべきであるから、子に対してはこれをすべて撤廃すべきであるとの主張は、立法論としては格別、それぞれの前記のような取扱の差異も合理的とされる理由があるのであって、現行法の解釈としてはにわかに採用することができない。なお、控訴人は、非嫡出子の差別についても主張するが、扶養控除自体は法律上の親子関係の有無の問題であって、嫡出と非嫡出とでその扱いに差をもうけてはいない。」を加える。

9  同二〇枚目裏五行目末尾「いうべきであるから」を「いうべきであるし、」に改め、その次に「まして、幸福追求の権利を侵害し、憲法二五条に反するとはいえず、」を加え、同六行目「一四条」を削除し、同行目の次に改行して「また、控訴人の前記条約等違反の主張の理由のないことは前記6の説示に照らし明らかである。」を加える。

10  同二〇枚目裏末行の次に改行し、「10」として以下のとおり加える。

「控訴人は、本件決定は昭和五九年申告の過少申告について故意又は過失がなく、また国税通則法六五条四項所定の『正当な理由』があるのに過少申告加算税を課した点に違法がある旨主張するが、同法が過少申告加算税につき課税除外要件として規定しているのは『正当な理由』だけであり、申告者に故意、過失のないことそれ自体が課税除外要件に当たると解することはできないので、以下『正当な理由』があるかどうか検討する。

前記甲第一四号証、第一八号証によると、控訴人は、昭和五七年申告、昭和五八年申告において、親子関係の届出がないことを前提として、扶養控除を受けられるかどうか被控訴人の係官に相談したところ、肯定の返答であったため、右申告書を提出し、還付金の支払いを受けたこと、しかし、昭和五九年申告については、前年度に控訴人の相談した税理士と、早苗の相談したそれとの見解が異なっていたため、控訴人は改めて被控訴人の管内の税理士の行っている無料相談サービスで相談したところ、事実上の子については扶養控除は受けられない旨の回答を得たこと、そのためさらに国税庁の相談係、被控訴人の係に各二度にわたり相談し、意見を求めたところ、いずれも扶養控除の対象とならないとの回答を得たこと、しかし控訴人はその理由に納得できず、さらに実際に扶養しているのであるからとして、具体的判断を求める趣旨で、昭和五九年申告のうち所得税に関し過少申告をしたことが認められる。

してみると、控訴人は、所得税法上の扶養親族の条文、現在の扱い、すなわち事実上の子は扶養親族ではなく、扶養控除は受けられないことを承知していたが、その解釈、扱いに納得できないとして、昭和五九年申告の所得税につき過少申告をしたことが明らかであって、右認定の事実関係のもとにおいては、昭和五七年申告、昭和五八年申告の際とは事情が異なり、昭和五九年申告に関しては、控訴人に、過少申告分について国税通則法六五条所定の『正当な理由』がないと認められるから、控訴人の主張は採用の限りでない。」

二  よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することにし、控訴費用の負担について、行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 越山安久 裁判官 鈴木經夫 裁判官 浅野正樹)

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